[作成・更新日:2018.1.10]
審決取消訴訟における「拘束力」とは、取り消された審決と同一事情のもとで、同一理由・同一内容の処分を行うことを禁止する効果をいいます。拘束力に違反する場合、それだけで審決に違法性がありますので、二次審決や三次審決については、拘束力に違反がないかどうかを確認する必要があります。
● 最判平4・4・28 昭和63年(行ツ)10 民集46巻4号245頁、裁判集民事164号371頁 「高速旋回式バレル研磨法事件」
「 特許無効審判事件についての審決の取消訴訟において審決取消しの判決が確定したときは、審判官は特許法181条2項の規定に従い当該審判事件について更に審理を行い、審決をすることとなるが、審決取消訴訟は行政事件訴訟法の適用を受けるから、再度の審理ないし審決には、同法33条1項の規定により、右取消判決の拘束力が及ぶ。そして、この拘束力は、判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから、審判官は取消判決の右認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない。したがって、再度の審判手続において、審判官は、取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断につきこれを誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返すこと、あるいは右主張を裏付けるための新たな立証をすることを許すべきではなく、審判官が取消判決の拘束力に従ってした審決は、その限りにおいて適法であり、再度の審決取消訴訟においてこれを違法とすることができないのは当然である。
・・・
・・・特定の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとの理由により、審決の認定判断を誤りであるとしてこれが取り消されて確定した場合には、再度の審判手続に当該判決の拘束力が及ぶ結果、審判官は同一の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたと認定判断することは許されないのであり、したがって、再度の審決取消訴訟において、取消判決の拘束力に従ってされた再度の審決の認定判断を誤りである(同一の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができた)として、これを裏付けるための新たな立証をし、更には裁判所がこれを採用して、取消判決の拘束力に従ってされた再度の審決を違法とすることが許されないことは明らかである。
・・・
・・・原判決は、右認定判断の過程で、第三引用例並びに前判決において検討されていない第一引用例及び周知慣用手段について検討を加えてはいるものの、これらは・・・本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたか否かを認定判断する際の独立した無効原因たり得るものとして、あるいは第二引用例を単に補強するだけではなくこれとあいまって初めて無効原因たり得るものとして、検討されているのでなく、原判決は、第二引用例を主体として、本件発明の進歩性の有無について認定判断をしているものにほかならない。」
※ 知財高裁が外国向けにトピック判決として紹介しているケース
● 東京高判平9・9・25 平成9年(行ケ)87 判時1633号136頁
「 本件前判決は、引用例2及び引用例1から本願発明を当業者が容易に発明することができたとはいえないとの理由で本件前審決を取り消し、本件前判決は確定したものであるから、本件審決をする審判官は、本件前判決の拘束力が及ぶ結果、本件前審決におけると同一の引用例から本願発明をその特許出願前に当業者が容易に発明することができたと認定判断することは許されず、この理は、本件審決の理由中で、本件前審決と異なり引用例1を主たる引用例とする場合であっても同様である。
本件審決は、どの引用例を主たる引用例とするかによって本件前審決と異なる認定判断をしているものであるから、本件前判決の拘束力を受けない旨判断するが、引用例Aと引用例Bの二つの引用例がある場合に、引用例Aを主たる引用例とするか、引用例Bを主たる引用例とするかは、ある発明が引用例A及び引用例Bとの関係で進歩性を有するか否かを判断するに際しての判断方法の問題にすぎないから、本件審決の上記の判断は採用できない。」
※ 主引用例と副引用例の差し替えにも拘束力は及ぶと判示している(下記平成24年(行ケ)10328とは逆の結論)。
● 東京高判平16・6・24 平成15年(行ケ)163 「動力舵取装置事件」
「 原告は、本件発明が引用発明1及び2から容易に発明できたものとはいえないとの点に、その拘束力が生じる旨主張する。しかしながら、取消判決の拘束力は、判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものについて生じるものであるところ(最高裁平成4年4月28第3小法廷判決・民集46巻4号245頁参照)、前件判決は、一般的に引用例2(及び1)に基づいて進歩性の判断を行うことを否定するものではなく、前示のとおり、引用発明2に関する上記の具体的な理由に基づいて、前件審決を取り消すものであるから、拘束力もその部分に限って生じることが明らかであり、原告の上記主張は、到底、採用することができない。」
※ 知財高裁が外国向けにトピック判決として紹介しているケース
● 東京高判平16・8・9 平成16年(行ケ)56 判時1875号130頁
「 略称としての著名性に関する本件判示事項は、飽くまで、念のために記載されたものにすぎず、いわゆる傍論として、行政事件訴訟法33条1項の規定に基づく拘束力を有するものではないというべきである。」
● 知財高判平21・10・29 平成20年(行ケ)10464 判時2093号127頁、判タ1341号240頁
「 取消判決の確定後、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審決が確定した場合には、減縮後の特許請求の範囲に新たな要件が付加され発明の要旨が変更されるのであるから、当該訂正によっても影響を受けない範囲における認定判断については格別という余地があるとしても、訂正前の特許請求の範囲に基づく発明の要旨を前提にした取消判決の拘束力は遮断され、再度の審決に当然に及ぶということはできない。」
● 知財高判平23・9・8 平成22年(行ケ)10404 判時2137号111頁、判タ1401号262頁
※ 上記平成20年(行ケ)10464と同旨
● 知財高判平25・4・10 平成24年(行ケ)10328
「 本件審決は、第1審決において、相違点1に係る周知例2として示された文献を主引用例とし、臭気中和組成物の有無を相違点として、主として引用例2(第1審決の周知例6)に記載された事項から、上記相違点に係る構成に想到することは容易であったとの判断をしたものである。そうすると、本件審決は、主引用例を入れ替えたことにより、前訴判決とは判断の対象を異にするものと認められるから、前訴判決の拘束力(行政事件訴訟法33条1項)に違反するとはいえない。」
※ 主引用例と副引用例の差し替えには拘束力は及ばないと判示している(上記平成9年(行ケ)87とは逆の結論)。
● 知財高判平25・8・1 平成24年(行ケ)10237
「 第1次判決は、甲1~6によればA成分とB成分とを混合してなる麦芽発酵飲料が周知であるとは判示したものの、A成分とB成分の混合比率を本件発明のようにすることに進歩性がないとまで判断していない。・・・本件発明の構成に関する容易想到性判断を示したものではない。」
● 知財高判平27・1・28 平成26年(行ケ)10068 判時2270号23頁
「 第1次審決取消後の新たな審判手続において、第1次取消判決が引用したのとほぼ同じ甲1文献の記載内容から、甲1発明として、HCFC-141b、HFC-245fa及びHFC-365mfcという3つの組成物を含む点で甲1混合気体と実質的に同一の混合物を認定しただけでなく、第1次審決や第1次取消判決の認定と異なり、その使用目的を新たに認定し、この使用目的に照らして、同混合物からHCFC-141bを除去することに当業者が容易に想到し得ないと判断することは、第1次取消判決の上記認定判断に抵触するものというべきである。よって、本件審決には、第1次取消判決の拘束力に抵触する認定判断を行った誤りがあり、この誤りは本件審決の結論に影響するものであるから、本件審決は取消しを免れないといわざるを得ない。」
● 知財高判29・1・17 平成28年(行ケ)10087
「 ・・・当事者双方が、本件審決で従たる引用例とされた引用発明2を主たる引用例とし、本件審決で主たる引用例とされた引用発明1又は3との組合せによる容易想到性について、本件訴訟において審理判断することを認め、・・・本判決が原告の前記主張について判断した結果、・・・本件審決が取り消される場合は、再開された審判においてその拘束力が及ぶことになる。」