[作成・更新日:2018.1.10]
特許庁作成の特許・実用新案審査基準によれば、① 頒布された刊行物に記載された発明(29条1項3号)、② 電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(同3号)、③
公然知られた発明(同1号)、④ 公然実施をされた発明(同2号)、のいずれかの先行技術を示す証拠に基づき、引用発明を認定する、とあります(「第III部 特許要件」「第2章
新規性・進歩性(特許法第29条第1項・第2項)」「第3節 新規性・進歩性の審査の進め方」「3. 引用発明の認定」)。
そして、実際的には、上記①のパターンが一般的であるところ、同審査基準には、
「a 「刊行物に記載された発明」とは、刊行物に記載されている事項及び刊行物に記載されているに等しい事項から把握される発明をいう。審査官は、これらの事項から把握される発明を、刊行物に記載された発明として認定する。刊行物に記載されているに等しい事項とは、刊行物に記載されている事項から本願の出願時における技術常識を参酌することにより当業者が導き出せる事項をいう。
審査官は、刊行物に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から当業者が把握することができない発明を「引用発明」とすることができない。そのような発明は、「刊行物に記載された発明」とはいえないからである。
b 審査官は、刊行物に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から当業者が把握することができる発明であっても、以下の(i)又は(ii)の場合は、その刊行物に記載されたその発明を「引用発明」とすることができない。
(i) 物の発明については、刊行物の記載及び本願の出願時の技術常識に基づいて、当業者がその物を作れることが明らかでない場合
(ii) 方法の発明については、刊行物の記載及び本願の出願時の技術常識に基づいて、当業者がその方法を使用できることが明らかでない場合」
と規定されています。
それでは、「刊行物に記載されている事項及び刊行物に記載されているに等しい事項から把握される発明」とはどういったものをいうのでしょうか。裁判例をみてみましょう。
<一般>
● 知財高判平18・11・27 平成18年(行ケ)10207
「 引用発明の認定においては、引用刊行物に記載されたひとまとまりの構成及び技術的思想を抽出することができるのであって、その際、引用刊行物の特許請求の範囲の記載に限定されると解すべき理由はない。」
● 知財高判平22・8・19 平成21年(行ケ)10180
「 特許法29条1項3号の「刊行物」に「物の発明」が記載されているというためには、同刊行物に当該物の発明の構成が開示されていることを要することはいうまでもないが、発明が技術的思想の創作であること(同法2条1項参照)にかんがみれば、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に、当該発明の技術的思想が開示されていることを要するものというべきである。
特に、当該物が、新規の化学物質である場合には、新規の化学物質は製造方法その他の入手方法を見出すことが困難であることが少なくないから、刊行物にその技術的思想が開示されているというためには、一般に、当該物質の構成が開示されていることに止まらず、その製造方法を理解し得る程度の記載があることを要するというべきである。そして、刊行物に製造方法を理解し得る程度の記載がない場合には、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見いだすことができることが必要であるというべきである。」
● 知財高判平23・6・9 平成22年(行ケ)10322 判時2133号101頁、判タ1397号269頁
「 特許出願時における技術常識を参酌することにより当業者が刊行物に記載されている事項から導き出せる事項は、同条1項3号に掲げる刊行物に記載されているに等しい事項ということができるが、刊行物に記載されたある性質を有する物質の中に、たまたまそれとは別のもう一つの性質を有するものが記載されていたとしても、直ちに当該刊行物に当該別の性質に係る物質が記載されているということはできず、このことは、むしろ、容易想到性の判断において斟酌されるべき事項である。」
● 知財高判平24・9・27 平成23年(行ケ)10201
「 特許法29条1項3号・・・の「刊行物に記載された発明」というためには、刊行物記載の技術事項が、特許出願当時の技術水準を前提にして、当業者に認識、理解され、特許発明と対比するに十分な程度に開示されていることを要するが、「刊行物に記載された発明」が、特許法所定の特許適格性を有することまでを要するものではない。
・・・
甲1文献の記載のみでは、必ずしもその具体的構成等が明らかではない部分が存在するものの、・・・本件特許の優先日当時の技術水準も斟酌すると、本件特許の優先日において、甲1文献には、当業者が理解可能な程度に増幅器についての構成が開示されているということできる。」
● 知財高判平26・9・25 平成25年(行ケ)10324
「 本件発明や甲1発明のような複数の成分を含む組成物発明の分野においては、甲1発明のように、本件発明を特定する構成の相当部分が甲1公報に記載され、その発明を特定する一部の構成(結晶構造等の属性)が明示的には記載されておらず、また、当業者の技術常識を参酌しても、その特定の構成(結晶構造等の属性)まで明らかではない場合においても、当業者が甲1公報記載の実施例を再現実験して当該物質を作製すれば、その特定の構成(結晶構造等の属性)を確認し得るときには、当該物質のその特定の構成については、当業者は、いつでもこの刊行物記載の実施例と、その再現実験により容易にこれを知り得るのであるから、このような場合は、刊行物の記載と、当該実施例の再現実験により確認される当該属性も含めて、同号の「刊行物に記載された発明」と評価し得るものと解される(以下、これを「広義の刊行物記載発明」という。)。」
● 知財高判平27・1・28 平成26年(行ケ)10004
「 審決において、特許公報等の刊行物を用いて引用発明を認定する際に、特許請求の範囲等に記載されている発明自体ではなく、当該刊行物に従来技術として記載されている発明を認定する場合には、当事者に誤解を与えないようにするため、「刊行物には、従来技術として、次の発明が記載されている。」などの表現を用いて、その旨を明示することが望ましい。」
● 知財高判平27・1・28 平成26年(行ケ)10131
「 引用発明の認定に当たっては、本願発明の発明特定事項に相当する事項を過不足のない限度で認定すれば足り、特段の事情がない限り、本願発明の発明特定事項との対応関係を離れて、引用発明を必要以上に限定して認定する必要はないというべきである。」
● 知財高判平27・9・30 平成26年(行ケ)10240
「 引用発明の認定は、これを本件発明と対比させて、本件発明と引用発明との相違点に係る技術的構成を確定させることを目的としてされるものであるから、本件発明との対比に必要な技術的構成について過不足なくされなければならない。その際、刊行物に記載された技術的思想ないし技術的構成を不必要に抽象化、一般化すると、恣意的な認定、判断に陥るおそれがあることに鑑みれば、当該刊行物に記載されている事項の意味を、当該技術分野における技術常識を参酌して明らかにするとか、当該刊行物には明記されていないが、当業者からみると当然に記載されていると解される事項を補ったりすることは許容され得るとしても、引用発明の認定は、当該刊行物の記載を基礎として、客観的、具体的にされるべきである。
・・・
しかし、刊行物の記載に基づいて進歩性判断の基礎となる引用発明を認定する際に問題とすべきなのは、当該刊行物そのものに接した当業者が把握し得る技術的思想が何であるかということである。・・・」
● 知財高判平27・10・28 平成26年(行ケ)10251
「 本願発明の新規性の有無を判断する場合における引用発明の認定については、本願発明の発明特定事項のすべてが引用公報に記載されているかどうかを判断するために必要な技術事項が認定されるべきである。したがって、引用発明の認定は、本願発明の発明特定事項に対応する技術事項が客観的、具体的に認定されるべきであり、また、引用公報に発明特定事項に対応する技術事項が記載されていないとの判断を導く関連技術事項も記載されている場合には、これも加えて引用発明として認定する必要がある。これに対し、引用発明の特徴的技術事項であっても、本願発明の発明特定事項に関連しない技術事項まで認定する必要はない。
・・・
・・・引用公報における袋体部の通気性が変化する上記構成は、引用公報に本願発明の発明特定事項が記載されていないとの判断を導く関連技術事項であるとはいえない。よって、審決が、本願発明の新規性の判断に当たり、引用公報に記載された各袋体の通気性が変化する構成を捨象して引用発明を認定したことに誤りはなく、原告の主張する取消事由1は理由がない(なお、引用発明の認定において、新規性の判断に必要な関連技術事項かどうかが明確ではない場合には、当該技術事項も含めて引用発明を認定し、その上で、本願発明の新規性を判断する手法も実務上見かけるところであり、このような判断手法も誤りであるとはいえない。また、上記の判断は、新規性の認定判断についていえることであり、進歩性の判断において、引用発明の特徴的技術事項が引用発明と公知発明との組合せの容易想到性の判断に影響を及ぼす場合があることとは異なる。)。」
※ 新規性の判断と進歩性の判断とで動機付けの有無の観点から引用発明の認定方法が異なることがありうると判示している。
<引用発明の実施可能性>
● 東京高判平1・11・28 昭和63年(行ケ)275
「 引用例は、本願発明に特許を付与することを拒絶する理由の根拠として示されたもので、本願発明の進歩性を判断するためにそこに記載の技術的思想が対比の対象とされているに過ぎないものであるから、その技術がさらに実施可能なものであるか否かまでは問うところではない。(換言すれば、引用例記載の発明が実施不能なものであるとしても、そこに一定の技術的思想が記載されていれば、その思想を対比の対象とすることに妨げはない。)
・・・引用例には審決認定の技術的事項が記載されており、当業者であれば理解し得る程度の技術的思想が開示されているのであるから、引用例記載のものを引用例として本願発明と対比判断した審決に誤りはない。」
※ 引用発明に実施可能性は不必要と判示したケース
● 東京高判平14・4・25 平成11年(行ケ)285
「 「頒布された刊行物に記載された発明」においては、特許を受けようとする発明が新規なものであるかどうかを検討するために、当該発明に対応する構成を有するかどうかのみが問題とされるのであるから、当業者が容易に実施できるように記載されているかどうかは、何ら問題とならないものというべきである。むろん、当該発明が、未完成であったり、何らかの理由で実施不可能であったりすれば、これを既に存在するものとして新規性判断の基準とすることができないのは当然というべきであるから、その意味で、「頒布された刊行物に記載された発明」となるためには、当該発明が当業者にとって実施され得るものであることを要する、ということはできる。しかし、容易に実施し得る必要は全くないものというべきである。・・・要するに、特許法29条1項3号の「頒布された刊行物に記載された発明」に求められるのは、公知技術であるということに尽き、その実施が容易かどうかとは関係がないものというべきである。」
※ 引用発明に実施可能性は必要と判示したケース
● 知財高判平22・4・20 平成21年(行ケ)10111
「 甲1発明が実施不可能ないし未完成であるとしても、甲1発明の技術思想を明確に把握することは可能であるから、甲2発明の解体工法をビルの解体に適用できるか否かを検討する際に、甲1発明を参酌する動機付けがないとはいえない。」
※ 引用発明に実施可能性は不必要と判示したケース
● 知財高判平26・3・25 平成25年(行ケ)10199
「 発明は、完成した発明として開示されていること、すなわち、当該発明に係る明細書において、当該発明が当業者が反復実施して所定の効果を挙げる程度にまで具体的・客観的なものとして記載されていることが必要である。」
※ 引用発明に実施可能性は必要と判示したケース
● 知財高判平26・5・7 平成25年(行ケ)10268
「 原告は、本願発明が属する放射能除染の技術分野は、その構成からは効果の予測が困難な技術分野であり、このような技術分野においては、・・・所期の効果を挙げることを確認できていない場合は、未完成発明というべきものであり、引用適格はないと主張する。しかし、引用例2には、「除染用の洗浄液として水素水を用いること」により、土壌に含まれる放射性セシウムが減ることが記載されており、所期の効果を奏するものと認められるから、未完成発明とはいえない。」
※ 真偽を検証することなく引用例に記載された効果をそのまま認めて引用発明を認定している。