訂正の再抗弁、再々抗弁

[作成・更新日:2018.1.10]

 平成16年の特許法改正で特許法104条の3の無効の抗弁の規定が導入されましたが、侵害訴訟でこの無効の抗弁が主張された場合、特許権者には、その対抗手段として訂正の再抗弁が認められています。訂正の再抗弁は、下記裁判例にあるとおり、(イ)訂正審判ないし訂正請求を行っていること、(ロ)訂正によって無効の抗弁で主張された無効理由が解消されること、(ハ)訂正後のクレームであっても侵害であること(被疑侵害品又は被疑侵害方法が訂正後の特許発明の技術的範囲に属すること)、を主張立証する必要があります。この訂正の再抗弁に対して、被疑侵害者は、上記(ロ)ないし(ハ)が充足しないことを主張することになります(再々抗弁)。

 

● 東京地判平19・2・27 平成15年(ネ)16924 判タ1253号241頁 「多関節搬送装置事件」
「 特許法104条の3第1項における「当該特許が無効審判により無効とされるべきものと認められるとき」とは、当該特許について訂正審判請求あるいは訂正請求がなされたときは、将来その訂正が認められ、訂正の効力が確定したときにおいても、当該特許が無効審判により無効とされるべきものと認められるかどうかにより判断すべきである。したがって、原告は、訂正前の特許請求の範囲の請求項について容易想到性の無効理由がある場合においては、〈1〉当該請求項について訂正審判請求ないし訂正請求をしたこと、〈2〉当該訂正が特許法126条の訂正要件を充たすこと、〈3〉当該訂正により、当該請求項について無効の抗弁で主張された無効理由が解消すること(特許法29条の新規性、容易想到性、同36条の明細書の記載要件等の無効理由が典型例として考えられる。)、〈4〉被告製品が訂正後の請求項の技術的範囲に属することを、主張立証すべきである。

※ 訂正の再抗弁の要件を示したリーディングケース

 

● 最判平20・4・24 平成18年(受)1772 民集62巻5号1262頁、裁判集民事227号705頁 「ナイフ加工装置事件」
「 特許法104条の3第1項の規定が、特許権の侵害に係る訴訟(以下「特許権侵害訴訟」という。)において、当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められることを特許権の行使を妨げる事由と定め、当該特許の無効をいう主張(以下「無効主張」という。)をするのに特許無効審判手続による無効審決の確定を待つことを要しないものとしているのは、特許権の侵害に係る紛争をできる限り特許権侵害訴訟の手続内で解決すること、しかも迅速に解決することを図ったものと解される。そして、同条2項の規定が、同条1項の規定による攻撃防御方法が審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められるときは、裁判所はこれを却下することができるとしているのは、無効主張について審理、判断することによって訴訟遅延が生ずることを防ぐためであると解される。このような同条2項の規定の趣旨に照らすと、無効主張のみならず、無効主張を否定し、又は覆す主張(以下「対抗主張」という。)も却下の対象となり、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正を理由とする無効主張に対する対抗主張も、審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められれば、却下されることになるというべきである。

※ 訂正の再抗弁を認めつつも、審理を不当に遅延させるものと認められれば、却下の対象となると判示している(引用:H20.8.28 平成20年(ネ)10019、H20.10.9 平成19年(ワ)2980など)。

 

● 東京地判平21・2・27 平成19年(ワ)17762 判時2082号128頁、判タ1332号245頁 「ふみのすけオリジナルボールペン事件」
「 実用新案権による権利行使を主張する当事者は、相手方において、実用新案法30条、特許法104条の3第1項に基づき、当該実用新案登録が無効審判により無効にされるべきものと認められ、当該実用新案権の行使が妨げられるとの抗弁の主張(以下「無効主張」という。)をしてきた場合、その無効主張を否定し、又は覆す主張(以下「対抗主張」という。)をすることができると解すべきである(最高裁判所平成18年(受)第1772号同20年4月24日第一小法廷判決参照)。
 ・・・
 ・・・原告は、本件訂正請求により、上記の無効理由が解消される旨の対抗主張をしているところ、当該主張については、上記の無効主張と両立しつつ、その法律効果の発生を妨げるものとして、同無効主張に対する再抗弁と位置付けるのが相当である。そして、その成立要件については、上記権利行使制限の抗弁の法律効果を障害することによって請求原因による法律効果を復活させ、原告の本件実用新案権の行使を可能にするという法律効果が生じることに照らし、原告において、その法律効果発生を実現するに足りる要件、すなわち、①原告が適法な訂正請求を行っていること、②当該訂正によって被告が主張している無効理由が解消されること、③被告製品が当該訂正後の請求項に係る考案の技術的範囲に属することを主張立証すべきであると解する。

 

● 知財高判平21・8・25 平成20年(ネ)10068 判時2059号125頁、判タ1319号246頁 「切削方法事件」
「 特許法104条の3の抗弁に対する再抗弁としては、①特許権者が、適法な訂正請求又は訂正審判請求を行い、②その訂正により無効理由が解消され、かつ、③被控訴人方法が訂正後の特許請求の範囲にも属するものであることが必要である。

 

● 東京地判平22・6・24 平成21年(ワ)3527等
「 原告は、被告らが、訂正前の特許請求の範囲の請求項について無効理由があると主張するのに対し、①当該請求項について訂正審判請求又は訂正請求をしたこと、②当該訂正が特許法126条又は134条の2所定の訂正要件を充たすこと、③当該訂正により、当該請求項について無効の抗弁で主張された無効理由が解消すること、④被告製品が訂正後の請求項の技術的範囲に属すること、を主張立証することができ、被告らは、これに対し、⑤訂正後の請求項に係る特許につき無効事由があることを主張立証することができるというべきである。」

 

● 知財高判平26・9・17 平成25年(ネ)10090 判時2247号103頁 「共焦点分光分析事件」
「 訂正の再抗弁の主張に際しては、実際に適法な訂正請求等を行っていることが訴訟上必要であり、訂正請求等が可能であるにもかかわらず、これを実施しない当事者による訂正の再抗弁の主張は、許されないものといわなければならない。・・・ただし、特許権者が訂正請求等を行おうとしても、それが法律上困難である場合には、公平の観点から、その事情を個別に考察して、訂正請求等の要否を決すべきである。・・・特許権者による訂正請求等が法律上困難である場合には、公平の観点から、その事情を個別に考察し、適法な訂正請求等を行っているとの要件を不要とすべき特段の事情が認められるときには、当該要件を欠く訂正の再抗弁の主張も許されるものと解すべきである。

※ 実際に適法に訂正請求等を行っていることが原則であるが、これが法律上困難な場合は実際に訂正請求等を行っていなくても訂正の再抗弁を認めることはあり得ると判示している。

 

● 最判平29・7・10 平成28年(受)632 「シートカッター事件」
「 特許権侵害訴訟の終局判決の確定前であっても、特許権者が、事実審の口頭弁論終結時までに訂正の再抗弁を主張しなかったにもかかわらず、その後に訂正審決等の確定を理由として事実審の判断を争うことを許すことは、終局判決に対する再審の訴えにおいて訂正審決等が確定したことを主張することを認める場合と同様に、事実審における審理及び判断を全てやり直すことを認めるに等しいといえる。
 そうすると、特許権者が、事実審の口頭弁論終結時までに訂正の再抗弁を主張しなかったにもかかわらず、その後に訂正審決等が確定したことを理由に事実審の判断を争うことは、訂正の再抗弁を主張しなかったことについてやむを得ないといえるだけの特段の事情がない限り、特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものとして、特許法104条の3及び104条の4の各規定の趣旨に照らして許されないものというべきである。
 ・・・、上告人は、その時までに、本件無効の抗弁に係る無効理由を解消するための訂正についての訂正審判の請求又は訂正の請求をすることが法律上できなかったものである。しかしながら、それが、原審で新たに主張された本件無効の抗弁に係る無効理由とは別の無効理由に係る別件審決に対する審決取消訴訟が既に係属中であることから別件審決が確定していなかったためであるなどの・・・事情の下では、本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張するために現にこれらの請求をしている必要はないというべきであるから、これをもって、上告人が原審において本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張することができなかったとはいえず、その他上告人において訂正の再抗弁を主張しなかったことについてやむを得ないといえるだけの特段の事情はうかがわれない。」

※ 訂正の再抗弁を認めつつも、審理を不当に遅延させるものと認められれば、却下の対象となると判示している(上記平成18年(受)1772を引用)。
※ 訂正請求等が法律上困難な場合は実際に訂正請求等を行っていなくても訂正の再抗弁を認めることはあり得ると判示している(上記平成18年(受)1772における意見、上記平成25年(ネ)10090と同種の判断)。