[作成・更新日:2018.1.10]
特許法は、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものを「発明」と規定しています(2条1項)が、その該当性につき、争いがあった裁判例を紹介します。
● 知財高判平20・2・29 平成19年(行ケ)10239 判時2012号97頁
「 数学的課題の解法ないし数学的な計算手順(アルゴリズム)そのものは、純然たる学問上の法則であって、何ら自然法則を利用するものではないから、これを法2条1項にいう発明ということができないことは明らかである。また、既存の演算装置を用いて数式を演算することは、上記数学的課題の解法ないし数学的な計算手順を実現するものにほかならないから、これにより自然法則を利用した技術的思想が付加されるものではない。したがって、本願発明のような数式を演算する装置は、当該装置自体に何らかの技術的思想に基づく創作が認められない限り、発明となり得るものではない(仮にこれが発明とされるならば、すべての数式が発明となり得べきこととなる。)。
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そうすると、本願発明は既存の演算装置に新たな創作を付加するものではなく、その実質は数学的なアルゴリズムそのものというほかないから、これをもって、法2条1項の定める「発明」に該当するということはできない。」
● 知財高判平20・6・24 平成19年(行ケ)10369 判時2026号123頁 「双方向歯科治療ネットワーク事件」
「ウ ところで、特許の対象となる「発明」とは、「自然法則を利用した技術的思想の創作」であり(特許法2条1項)、一定の技術的課題の設定、その課題を解決するための技術的手段の採用及びその技術的手段により所期の目的を達成し得るという効果の確認という段階を経て完成されるものである。
したがって、人の精神活動それ自体は、「発明」ではなく、特許の対象とならないといえる。しかしながら、精神活動が含まれている、又は精神活動に関連するという理由のみで、「発明」に当たらないということもできない。けだし、どのような技術的手段であっても、人により生み出され、精神活動を含む人の活動に役立ち、これを助け、又はこれに置き換わる手段を提供するものであり、人の活動と必ず何らかの関連性を有するからである。
そうすると、請求項に何らかの技術的手段が提示されているとしても、請求項に記載された内容を全体として考察した結果、発明の本質が、精神活動それ自体に向けられている場合は、特許法2条1項に規定する「発明」に該当するとはいえない。他方、人の精神活動による行為が含まれている、又は精神活動に関連する場合であっても、発明の本質が、人の精神活動を支援する、又はこれに置き換わる技術的手段を提供するものである場合は、「発明」に当たらないとしてこれを特許の対象から排除すべきものではないということができる。
エ これを本願発明1について検討するに、請求項1における「要求される歯科修復を判定する手段」、「前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段」という記載だけでは、どの範囲でコンピュータに基づくものなのか特定することができず、また、「システム」という言葉の本来の意味から見ても、必ずしも、その要素として人が排除されるというものではないことから、上記「判定する手段」、「策定する手段」には、人による行為、精神活動が含まれると解することができる。さらに、そもそも、最終的に、「要求される歯科修復を判定」し、「治療計画を策定」するのは人であるから、本願発明1は、少なくとも人の精神活動に関連するものであるということができる。
しかし、上記ウのとおり、請求項に記載された内容につき、精神活動が含まれている、又は精神活動に関連するという理由のみで、特許の対象から排除されるものではないから、さらに、本願発明1の本質について検討することになる。
オ そして、上記エのとおり、請求項1に記載の「要求される歯科修復を判定する手段」、「前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段」の技術的意義を一義的に明確に理解することができず、その結果、本願発明1の要旨の認定については、特許請求の範囲の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとの特段の事情があるということができるから、更に明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することとする。
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カ 以上によれば、請求項1に規定された「要求される歯科修復を判定する手段」及び「前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段」には、人の行為により実現される要素が含まれ、また、本願発明1を実施するためには、評価、判断等の精神活動も必要となるものと考えられるものの、明細書に記載された発明の目的や発明の詳細な説明に照らすと、本願発明1は、精神活動それ自体に向けられたものとはいい難く、全体としてみると、むしろ、「データベースを備えるネットワークサーバ」、「通信ネットワーク」、「歯科治療室に設置されたコンピュータ」及び「画像表示と処理ができる装置」とを備え、コンピュータに基づいて機能する、歯科治療を支援するための技術的手段を提供するものと理解することができる。
キ したがって、本願発明1は、「自然法則を利用した技術的思想の創作」に当たるものということができ、本願発明1が特許法2条1項で定義される「発明」に該当しないとした審決の判断は是認することができない。」
※ 知財高裁が外国向けにトピック判決として紹介しているケース
● 知財高判平20・8・26 平成20年(行ケ)10001 判時2041号124頁、判タ1296号263頁 「対訳辞書事件」
「 特許法2条1項は、発明について、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」をいうと規定する。したがって、ある課題解決を目的とした技術的思想の創作が、いかに、具体的であり有益かつ有用なものであったとしても、その課題解決に当たって、自然法則を利用した手段が何ら含まれていない場合には、そのような技術的思想の創作は、特許法2条1項所定の「発明」には該当しない。
ところで、人は、自由に行動し、自己決定することができる存在であり、通常は、人の行動に対して、反復類型性を予見したり、期待することは不可能である。したがって、人の特定の精神活動(社会活動、文化活動、仕事、余暇の利用等あらゆる活動を含む。)、意思決定、行動態様等に有益かつ有用な効果が認められる場合があったとしても、人の特定の精神活動、意思決定や行動態様等自体は、直ちには自然法則の利用とはいえないから、特許法2条1項所定の「発明」に該当しない。
他方、どのような課題解決を目的とした技術的思想の創作であっても、人の精神活動、意思決定又は行動態様と無関係ではなく、また、人の精神活動等に有益・有用であったり、これを助けたり、これに置き換える手段を提供したりすることが通例であるといえるから、人の精神活動等が含まれているからといって、そのことのみを理由として、自然法則を利用した課題解決手法ではないとして、特許法2条1項所定の「発明」でないということはできない。
以上のとおり、ある課題解決を目的とした技術的思想の創作が、その構成中に、人の精神活動、意思決定又は行動態様を含んでいたり、人の精神活動等と密接な関連性があったりする場合において、そのことのみを理由として、特許法2条1項所定の「発明」であることを否定すべきではなく、特許請求の範囲の記載全体を考察し、かつ、明細書等の記載を参酌して、自然法則の利用されている技術的思想の創作が課題解決の主要な手段として示されていると解される場合には、同項所定の「発明」に該当するというべきである。
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・・・本願発明は、人間(本願発明に係る辞書の利用を想定した対象者を含む。)に自然に具えられた能力のうち、音声に対する認識能力、その中でも子音に対する識別能力が高いことに着目し、子音に対する高い識別能力という性質を利用して、正確な綴りを知らなくても英単語の意味を見いだせるという一定の効果を反復継続して実現する方法を提供するものであるから、自然法則の利用されている技術的思想の創作が課題解決の主要な手段として示されており、特許法2条1項所定の「発明」に該当するものと認められる。
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・・・出願に係る特許請求の範囲に記載された技術的思想の創作が自然法則を利用した発明であるといえるか否かを判断するに当たっては、出願に係る発明の構成ごとに個々別々に判断すべきではなく、特許請求の範囲の記載全体を考察すべきである(明細書及び図面が参酌される場合のあることはいうまでもない。)。そして、この場合、課題解決を目的とした技術的思想の創作の全体の構成中に、自然法則の利用が主要な手段として示されているか否かによって、特許法2条1項所定の「発明」に当たるかを判断すべきであって、課題解決を目的とした技術的思想の創作からなる全体の構成中に、人の精神活動、意思決定又は行動態様からなる構成が含まれていたり、人の精神活動等と密接な関連性を有する構成が含まれていたからといって、そのことのみを理由として、同項所定の「発明」であることを否定すべきではない。」
● 知財高判平21・6・16 平成20年(行ケ)10279 判時2064号124頁
「 スロットマシン等の遊技機に関する発明であって、そこに含まれるゲームのルール自体は自然法則を利用したものといえないものの、同発明は、ゲームのルールを遊技機という機器に搭載し、そこにおいて生じる一定の技術的課題を解決しようとしたものであるから、それが全体として一定の技術的意義を有するのであれば、同発明は自然法則を利用した発明であり、かつ技術的思想の創作となる発明である、と解することができる。」
● 知財高判平24・7・11 平成24年(行ケ)10001
「 特許法29条1項柱書は、「産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる」と定め、その前提となる「発明」について同法2条1項が、「この法律で『発明』とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう」と定めている。そして、ゲームやスポーツ、語呂合わせといった人間が創作した一定の体系の下での人為的取決め、数学上の公式、経済上の原則に当たるとき、あるいはこれらのみを利用しているときは、自然法則(law
of nature)を利用しているとはいえず、「発明」には該当しないと解される。」
● 知財高判平24・7・11 平成24年(行ケ)10096
「 特許法における発明とは、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう」(2条1項)ところ、ここにいう「自然法則を利用した」とは、単なる精神活動、数学上の公式、経済上の原則、人為的な取決めにとどまるものは特許法上の発明に該当しないものとしたものである。」
● 知財高判平24・12・5 平成24年(行ケ)10134 判時2181号127頁、判タ1392号267頁 「省エネ行動シート事件」
「 特許法2条1項は、発明について、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」をいうと規定するところ、人は、自由に行動し、自己決定することができる存在である以上、人の特定の精神活動、意思決定、行動態様等に有益かつ有用な効果が認められる場合があったとしても、人の特定の精神活動、意思決定や行動態様等自体は、直ちには自然法則の利用とはいえない。
したがって、ある課題解決を目的とした技術的思想の創作が、いかに、具体的であり有益かつ有用なものであったとしても、その課題解決に当たって、専ら、人間の精神的活動を介在させた原理や法則、社会科学上の原理や法則、人為的な取り決めや、数学上の公式等を利用したものであり、自然法則を利用した部分が全く含まれない場合には、そのような技術的思想の創作は、同項所定の「発明」には該当しない。
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・・・本願発明の「省エネ行動シート」の構成及びそれを提示(記録・表示)する手段は、専ら、人間の精神活動そのものを対象とする創作であり、自然法則を利用した技術的思想の創作とはいえない。また、本願発明の奏する作用効果も、自然法則を利用した効果とはいえないから、本願発明に係る「省エネ行動シート」は、特許法2条1項にいう「発明」に該当しないものである。」
※ 知財高裁が外国向けにトピック判決として紹介しているケース
● 知財高判平25・3・6 平成24年(行ケ)10043 判時2187号71頁 「偉人カレンダー事件」
「 特許法2条1項は、発明について、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう」と規定する。ここにいう「技術的思想」とは、一定の課題を解決するための具体的手段を提示する思想と解されるから、発明は、自然法則を利用した一定の課題を解決するための具体的手段が提示されたものでなければならず、単なる人為的な取決め、数学や経済学上の法則、人間の心理現象に基づく経験則(心理法則)、情報の単なる提示のように、自然法則を利用していないものは、発明に該当しないというべきである。そして、上記判断に当たっては、願書に添付した特許請求の範囲の記載全体を考察し、その技術的内容については明細書及び図面の記載を参酌して、自然法則を利用した技術的思想が、課題解決の主要な手段として提示されているか否かを検討すべきである。
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・・・以上に検討したとおり、本願発明は、その課題、課題を解決するための具体的手段として特定された構成、効果等の技術的意義を検討しても、自然法則を利用した技術的思想が、課題解決の主要な手段として提示されていると評価することができないから、特許法2条1項に規定された「発明」に該当するということができない。」
● 知財高判平26・9・24 平成26年(行ケ)10014
「 特許法2条1項は、「発明」とは、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」をいうと規定し、発明は、一定の技術的課題の設定、その課題を解決するための技術的手段の採用及びその技術的手段により所期の目的を達成し得るという効果の確認という段階を経て完成されるものである。
そうすると、請求項に記載された特許を受けようとする発明が、特許法2条1項に規定する「発明」といえるか否かは、前提とする技術的課題、その課題を解決するための技術的手段の構成及びその構成から導かれる効果等の技術的意義に照らし、全体として「自然法則を利用した」技術的思想の創作に該当するか否かによって判断すべきものである。
そして、上記のとおり「発明」が「自然法則を利用した」技術的思想の創作であることからすれば、単なる抽象的な概念や人為的な取決めそれ自体は、自然界の現象や秩序について成立している科学的法則とはいえず、また、科学的法則を何ら利用するものではないから、「自然法則を利用した」技術的思想の創作に該当しないことは明らかである。また、現代社会においては、コンピュータやこれに関連する記録媒体等が広く普及しているが、仮に、これらの抽象的な概念や人為的な取決めについて、単に一般的なコンピュータ等の機能を利用してデータを記録し、表示するなどの内容を付加するだけにすぎない場合も、「自然法則を利用した」技術的思想の創作には該当しないというべきである。
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以上を総合して検討すれば、本件補正発明については、そもそも前提としている課題の位置付けが必ずしも明らかではなく、技術的手段の構成としても、専ら概念の整理、データベース等の構造の定義という抽象的な概念ないしそれに基づく人為的な取決めに止まるものであり、導かれる効果についてみても、自ら定義した構造でデータを保持するという本件補正発明の技術的手段の構成以上の意味は示されていない。また、その構成のうち、コンピュータ等を利用する部分についてみても、単に一般的なコンピュータ等の機能を利用するという程度の内容に止まっている。
そうすると、本件補正発明の技術的意義としては、専ら概念の整理、データベース等の構造の定義という抽象的な概念ないし人為的な取決めの域を出ないものであって、全体としてみて、「自然法則を利用した」技術的思想の創作に該当するとは認められない。
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・・・原告の主張する「自然法則」は、意味、概念、言葉をどのようなものとして捉えるかという抽象的な概念の整理をするものであって、人の精神活動に基づくものというべきであり、自然界の現象や秩序に関する因果関係とは無関係であるから、自然法則には該当するものではない。」