審決取消事由の単位

[作成・更新日:2018.1.10]

 審決において本件発明あるいは引用発明の認定や本件発明と引用発明との一致点・相違点の認定に誤りがあると認められる場合、審決取消訴訟において取消事由はどのような形で主張すればよいのでしょうか。この点については、審決の認定誤りを取消事由にすればよいという考え方と、取消事由はあくまでも審決の結論に影響を及ぼすものでなければならないところ、審決の結論に影響を及ぼすのは相違点の容易想到性の判断誤りであって、認定誤りだけでは審決の結論に影響を及ぼすものかどうかは判断できないから、審決の認定誤りだけでは取消事由にすることができないという考え方があります。前者の考え方は、認定誤りだけでも審決の結論に影響を及ぼすことがあり、また、審決において認定誤りがあると認められる場合、審決は正しく認定されるべき相違点の容易想到性の判断を行っていないのであるから、裁判所は、この点を判断することは審理範囲の問題があってできないという理由や、審決取消訴訟の場において当事者が正しく認定されるべき相違点の容易想到性の主張やそれに対する反論をしていない場合、裁判所は、釈明をかけない限り、この点を判断することは弁論主義の原則によりできないという理由もあり、これはこれで理解できるのですが、下記裁判例や学説等によると、後者の考え方もまた合理的であるといえます。
 どちらの考え方を採るかは裁判官あるいは裁判官合議体によってあるいは事案によって異なりますので、取消事由の主張としては、審決の認定誤りだけを主張するのでなく、審決が認定した相違点を(正しく認定されるべき相違点に)訂正しかつ訂正した相違点の容易想到性までを主張しておくのがどちらの考え方にも対応できて好ましいといえます。
 なお、審決が誤って認定した相違点の容易想到性の判断については、訂正した相違点の容易想到性の主張と関連する部分については必然的にその判断誤りを主張することになりますが、関連しない部分についても判断誤りが認められるならば、裁判所が審決の認定誤りを認めない場合に有効な主張となり得ることから(別の取消事由として主張するか否かの形式論はさておき)その判断誤りを主張しておいた方がいいでしょう。

 

● 知財高判平24・2・8 平成23年(行ケ)10164 判時2150号103頁、判タ1391号298頁 「電池式警報器事件」
「 特許無効審判を請求する場合における請求の理由は、特許を無効にする根拠となる事実を具体的に特定しなければならないところ(特許法131条2項)、同法29条2項の規定に違反して特許されたことがその理由とされる場合に審判及び審決の対象となるのは、同条1項各号に掲げる特定の発明に基づいて容易に発明することができたか否かである。よって、審決に対する訴えにおいても、審判請求の理由(職権により審理した理由を含む。)における特定の引用例に記載された発明に基づいて容易に発明することができたか否かに関する審決の判断の違法性が、審理及び判断の対象となると解するべきである。また、そう解することにより、審決の取消しによる特許庁と裁判所における事件の往復を避け、特許の有効性に関する紛争の一回的解決にも資するものと解されるのである。したがって、対象となる発明と特定の引用例に記載された発明との一致点及び相違点についての審決の認定に誤りがある場合であっても、それが審決の結論に影響を及ぼさないときは、直ちにこれを取り消すべき違法があるとはいえない。
 これを本件についてみると、本件審決において、本件発明と引用発明1との一致点及び相違点の認定に誤りがあることは、上記のとおりであるが、前記のとおり、本件発明は、引用発明1に基づいては容易に発明することができないものであり、上記認定の誤りは、結局審決の結論に影響を及ぼさないものであって、本件審決に取り消すべき違法があるとはいえない。」

 

● 知財高判平25・8・9 平成24年(行ケ)10436
「 取消事由1(本願補正発明の認定の誤り)、取消事由2(引用発明の認定の誤り)及び取消事由4(本願補正発明と引用発明の一致点及び相違点の認定の誤り)は、いずれも審決の本願補正発明と引用発明との相違点の認定に誤りがあり、これが重要な相違点の看過となり、当該看過した相違点についての審決の判断が存在しないことから、これが審決の本願補正発明の容易想到性の判断の誤りを惹起するものとなって、初めて審決の取消事由となるものであるから、取消事由1、2及び4については、独立の取消事由としてはまとめて1個のものであると解されるので、項をまとめて判断する。」

 

● 知財高判平25・9・19 平成24年(行ケ)10435
「 以上を前提として、上記に認定した引用発明と本件発明1との一致点・相違点について見ると、一致点及び相違点1については審決が認定したものと同一であるが、相違点2及び3については以下のとおり認定すべきこととなる。
・・・
 そうすると、相違点2”・・・の容易想到性・・・、同様に相違点3”・・・の容易想到性、さらには、相違点1・・・の容易想到性の有無を判断して、本件発明1が引用発明から容易に発明することができたか否かの結論に至る必要がある。ここまで至って、引用発明を主たる公知技術としたときの本件発明1の容易想到性を認めなかった審決の結論に誤りがあるか否かの判断に至ることができる。
 しかし、本件においては、審決が、認定した相違点1及び3に関する本件発明1の構成の容易想到性について判断をしていないこともあって、当事者双方とも、この点の容易想到性の有無を本件訴訟において主張立証してきていない。相違点2(当裁判所の認定では相違点2”)に関する本件発明1の構成については、原告がその容易想到性を主張しているのに対し、被告において具体的に反論していない。
 このような主張立証の対応は、特許庁の審決の取消訴訟で一般によく行われてきた審理態様に起因するものと理解されるので、当裁判所としては、当事者双方の主張立証が上記のようにとどまっていることに伴って、主張立証責任の見地から、本件発明1の容易想到性の有無についての結論を導くのは相当でなく、前記のとおりの引用発明の認定誤りが審決にあったことをもって、少なくとも審決の結論に影響を及ぼす可能性があるとして、ここでまず審決を取り消し、続いて検討すべき争点については審判の審理で行うべきものとするのが相当と考える。本件のような態様の審決取消訴訟で審理されるのは、引用発明から当該発明が容易に想到することができないとした審決の判断に誤りがあるか否かにあるから、その判断に至るまでの個別の争点についてした審決の判断の当否にとどまらず、当事者双方とも容易想到性の有無判断に至るすべての争点につき、それぞれの立場から主張立証を尽くす必要がある。本件については、上記のように考えて判決の結論を導いたが、これからの審決取消訴訟においては、そのように主張立証が尽くすことが望まれる。」

 

● 本件発明あるいは引用発明の認定誤りや一致点・相違点の認定誤りが認められたケース

審決取消事由の単位1審決取消事由の単位2審決取消事由の単位3

 

 しかし、審決において相違点の認定誤りとして相違点の看過(例えば、本件発明と引用発明との一致点と認定したために生じる相違点の見落とし)があると認められる場合、審決はこの相違点の容易想到性の判断を全く行っていないのであるから、相違点の看過は、審決の結論に影響を及ぼすものであるということができ、取消事由にすることができるでしょう。この場合の取消事由の主張としては、看過された相違点の容易想到性までを主張しておく必要はないと思われます。

 

● 相違点の看過が認められたケース

審決取消事由の単位4