[作成・更新日:2018.1.10]
1.発明のとらえ方 -「発明」とは?-
発明には、「事実上の発明」と「法律上の発明」とがあります。「事実上の発明」は、実際に発明者が発明した具体物であり、一方、「法律上の発明」は、「事実上の発明」から抽出された技術的思想です。
「発明をとらえる」とは、「法律上の発明」を把握することです。
同じ「事実上の発明」でも、見方によって「法律上の発明」の広さは変わります。
このように、同じ「事実上の発明」でも、見方によって権利範囲は変わってしまうことがあります。
2.「発明」のとらえ方の流れ
例えば、「灰皿」は従来からありましたが、今回、「吸いかけのたばこを安定して置くことができる灰皿」を発明したとしましょう。
STEP1(「事実上の発明」の把握)
把握される構成
・ 底が平らで開口が丸くなっている皿本体1
・ 皿本体1の開口に沿った環状のつば2
・ つば2の等分三カ所位置に形成された半円状のくぼみ3
・ 皿本体1、つば2、くぼみ3は、一体的にプレス成型されている
これらの構成をクレーム(特許請求の範囲)にしますと、
但し、このままでは、最も狭い「法律上の発明」となるため、これが特許されたとしても、「狭い権利」しか取得できません(いわゆる「実施例レベルのクレーム」)。
STEP2(発明の機能の把握)
従来は、平らなつばの上にたばこを置くようにしていた。そのため、たばこが灰皿の外に転がり落ちることがある。
今回の発明は、たばこをくぼみに置くことにより、たばこが転がらないようにした。
従って、発明の機能は、「たばこの転がり防止」!
STEP3(「法律上の発明」の把握)
「発明の機能」というフィルタを介して「法律上の発明」の構成が見えてきます。
複数の「事実上の発明」から「法律上の発明」の構成を絞り込みます。
図1の灰皿は実現味がある。 → 第三者が製造する可能性がある。
図2の灰皿も実現性がある。 → 第三者が製造する可能性がある。
図3の灰皿は使い勝手が悪い。 → 誰もこのような物を製造しないだろう。
図4の灰皿はたばこを置く部分が皿本体の開口を遮ってじゃまである。
→ 誰もこのような物を製造しないだろう。
図5の灰皿は別体にしたからといってそんなにコストはかからない。
→ 第三者が製造する可能性がある。
そもそも、発明は「灰皿」であるべきなのか?
結論:
① 皿本体1は「灰皿」という根本的な機能上、必須構成である。
但し、「底が平らで上方に円形の開口を有する」必然性はない。
② つば2は必須構成ではない。
③ くぼみ3は必須構成であるが、つば2に設けられることは必須ではなく、皿本体1であってもよい。但し、使い勝手の点で、たばこが上から置けるようになっている必要がある。
これらの構成をクレーム(特許請求の範囲)にしますと、
「発明の機能」というフィルタで従来と共通する部分の特定内容まで変化します。
発明のとらえ方のポイント
① 発明者が発明した「事実上の発明」を正確に把握する。
② 従来と異なる「発明の機能」を把握する。
③「発明の機能」の観点から「事実上の発明」の構成を細部に亘って一字一句検討し、できる限りの「事実上の発明」を創出する。
④ 第三者が実施するか否かを判断要素として、「事実上の発明」を選定する。
⑤ 選定された「事実上の発明」に基づいて「法律上の発明」の構成を抽出する。
3.機能的クレーム
「法律上の発明」はさらに広くとらえることが可能です。例えば下図のような「事実上の発明」をも含めるとすれば、
機能的クレーム(構成を機能的に表現した「法律上の発明」)は、「発明の機能」をフィルタとしてではなく、そのまま「法律上の発明」に生き写したものです。
但し、機能的クレームに関しては(機能的クレームに限られるわけではありませんが)、創出した全ての「事実上の発明」を明細書に開示することが好ましいです。
4.拒絶理由通知への対応
拒絶理由通知とは、今のまま(現状のクレーム(特許請求の範囲)の内容)では特許にできない旨の特許庁(審査官)からの通知です。
あくまで私見ですが、審査請求をした特許出願のうち、約9割が一度は拒絶理由通知を受け、また、構造系の特許出願であれば、拒絶理由の適用度合いは以下のとおりであります。
従って、拒絶理由通知 = 第29条第2項(進歩性)の拒絶理由通知と言ってよいでしょう。実際、構造系の特許出願あるいは構造系の特許であれば、拒絶査定不服審判や特許無効審判あるいは訴訟で問題となってくるのは、ほぼ第29条第2項(進歩性)です。
(1)まず、拒絶理由通知を100%信用してはいけません。審査官にも判断の誤りはあります。その場合は、クレーム(特許請求の範囲)を補正せず(手続補正書は作成せず)、意見書のみを提出して反論することを検討します。
(2)拒絶理由通知が妥当である場合は、クレーム(特許請求の範囲)を補正した手続補正書を提出し、且つ、その補正により拒絶理由が解消された旨の意見書を提出して反論することになります。
補正は、拒絶理由通知から導き出される特許可能な領域(特許領域)を適切に見極めた上で、より積極的にチャレンジしなければなりません。
ただし、「積極的にチャレンジ」するためには、出願人の強い後押し(理解)が必要です!
5.有益な権利を所得するための、拒絶理由通知への対応時における考え方
特許権は独占権であり、第三者は無断で実施することはできません。
従って、第三者が自己の特許権を無断で使用している場合、権利行使として、第三者の実施を差し止め、及び/又は、損害賠償をすることができます。あるいは、実施を望む第三者に対して実施許諾をすることにより、ロイヤリティー収入を得ることができます。
そのため、有益な権利とは、
① 独占的な実施を可能とする権利
② 自社が実施していなくても第三者が魅力を感じて実施したくなるような権利
そのために、拒絶理由通知への対応時、必要となってくる情報は、
① 自社が実施している内容は現状どのようなものなのか?
② 現時点では実施していなくても事業上、将来的に実施し得る内容はどのようなものか?
③ 自社にとって実施の予定はないが、第三者(競合他社や設備、機材、備品等のメーカ)が実施している可能性がある内容はどのようなものか?
④ 業界全体を見回して実施している様子はないが、将来的に実施され得る可能性がある内容はどのようなものか?
これら実施に関する情報を踏まえた補正が有益な権利を取得するカギとなります。
注)特許出願時と拒絶理由通知時とでは、その時間的なギャップにより、実施状況や市場が大きく変わっていることが多いです。代理人は、特許出願時の実施状況は特許出願時の打ち合わせを通じて把握できていても、拒絶理由通知時の実施状況は把握し得ないことが少なくありません。
従って、有益な権利を取得するためには、代理人と出願人との連携を密に図り、実施に関する情報あるいは市場に関する情報を出願人から代理人に伝えることが極めて重要となります。