[作成・更新日:2018.1.10]
真の発明者は誰か?、裁判所が真偽不明(ノンリケット)の状態に陥った場合に、勝負の行方を左右するのが立証責任です。立証責任とは、主要事実が真偽不明である場合に、その事実を要件とする自己に有利な法律効果が認められない一方当事者の不利益のことをいいますが、冒認出願については、特許権者が冒認出願でないことの立証責任を負うとする説が裁判例、学説共に多数説ですが、共同出願違反については、特許権者が共同出願違反はないことの立証責任を負うとする説と、審判請求人が共同出願違反があることの立証責任を負うとする説とがあり、見解が対立するところです。
いずれにせよ、この種の問題は、他社との共同開発や発明にあたって社外の者が関与する場合に生じやすい問題であるところ、特にこのような場合における発明者性に関する証拠の書面化、管理及び保管は極めて重要です。
<冒認出願>
● 知財高判平18・1・19 平成17年(行ケ)10193
「 ・・・いわゆる「発明者主義」を採用する特許制度の下においては、特許出願に当たって、出願人は、この要件を満たしていることを、自ら主張立証する責めを負うものである。・・・
・・・特許法が上記のように「発明者主義」を採用していることに照らせば、同123条1項6号を理由として請求された特許無効審判においても、出願人ないしその承継者である特許権者は、特許出願が当該特許に係る発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたことについての主張立証責任を負担するものと解するのが相当である。
・・・たしかに、特許法123条1項6号は、「その特許が発明者でない者であつてその発明について特許を受ける権利を承継しないものの特許出願に対してされたとき」に、特許無効審判を請求することができると規定しているものであって、当該規定の文言をみる限り、審判請求人において当該事由の主張立証責任を負担するようにも見えるが、特許法123条1項各号をもって各無効事由について主張立証責任の分配を定めた規定と解することはできず、無効審判における主張立証責任は、特許無効を来すものとされている各事由の内容に応じて、それぞれ判断されなければならない。」
● 知財高判平21・6・29 平成20年(行ケ)10427 判時2104号101頁、判タ1376号205頁 「基板処理装置等事件」
「 ・・・123条1項6号の規定を形式的にみると、・・・無効審判請求人において、主張立証責任を負担すると読む余地がないわけではないが、このような規定振りは、あくまでも同条の立法技術的な理由に由来するものであって、同規定から、29条1項等所定の発明者主義の原則を、変更したものと解することは妥当でない。したがって、冒認出願(123条1項6号)を理由として請求された特許無効審判において、「特許出願がその特許に係る発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたこと」についての主張立証責任は、特許権者が負担すると解すべきである。
もっとも、・・・主張立証責任を、特許権者が負担すると解したとしても、そのような解釈が、すべての事案において、特許権者において、発明の経緯等を個別的、具体的に主張立証しなければならないことを意味するものではない(むしろ、先に出願したという事実は、出願人が発明者又は発明者から特許を受ける権利を承継した者であるとの事実を推認する重要な間接事実である。)。
特許権者の行うべき主張、立証の内容、程度は、冒認出願を疑わせる具体的な事情の内容及び無効審判請求人の主張立証活動の内容、程度がどのようなものかによって大きく左右される。仮に無効審判請求人が、冒認を疑わせる具体的な事情を何ら指摘することなく、かつ、その裏付け証拠を提出していないような場合は、特許権者が行う主張立証の程度は比較的簡易なもので足りる。これに対して、無効審判請求人が冒認を裏付ける事情を具体的詳細に指摘し、その裏付け証拠を提出するような場合は、特許権者において、これを凌ぐ主張立証をしない限り、主張立証責任が尽くされたと判断されることはないといえる。そして、冒認を疑わせる具体的な事情の内容は、発明の属する技術分野が先端的な技術分野か否か、発明が専門的な技術、知識、経験を有することを前提とするか否か、実施例の検証等に大規模な設備や長い時間を要する性質のものであるか否か、発明者とされている者が発明の属する技術分野についてどの程度の知見を有しているか、発明者と主張する者が複数存在する場合に、その間の具体的実情や相互関係がどのようなものであったか等、事案ごとの個別的な事情により異なるものと解される。」
※ 関連事件:平成20年(行ケ)10428,429
● 知財高判平22・4・27 平成21年(行ケ)10213
「 冒認出願による無効事由の成否に関し、「特許出願がその特許に係る発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたこと」についての主張立証責任は、特許権者が負うと解すべきである。」
● 知財高判平22・11・30 平成21年(行ケ)10379 判時2116号107頁
「 もっとも、・・・主張立証責任の分配について、上記のように解したとしても、そのことは、「出願人が発明者であること又は発明者から特許を受ける権利を承継した者である」との事実を、特許権者において、すべての過程を個別的、具体的に主張立証しない限り立証が成功しないことを意味するものではなく、むしろ、特段の事情のない限り、「出願人が発明者であること又は発明者から特許を受ける権利を承継した者である」ことは、先に出願されたことによって、事実上の推定が働くことが少なくないというべきである。」
※ 上記平成20年(行ケ)10427と同旨
● 知財高判平25・3・28 平成24年(行ケ)10280 判時2200号125頁、判タ1416号116頁
「 冒認又は共同出願違反を理由として請求された特許無効審判において、「特許出願がその特許に係る発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたこと」についての主張立証責任は、形式的には、特許権者が負担すると解すべきであるとしても、「出願人が発明者であること又は発明者から特許を受ける権利を承継した者であること」は、先に特許出願されたという事実により、他に反証がない限り、推認されるものというべきである。」
<共同出願違反>
● 知財高判平20・9・30 平成19年(行ケ)10278
「 複数の者が共同発明者となるためには、課題を解決するための着想及びその具体化の過程において、発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与したことを要する。そして、発明の特徴的部分とは、特許請求の範囲に記載された発明の構成のうち、従来技術には見られない部分、すなわち、当該発明特有の課題解決手段を基礎付ける部分を指すものと解すべきである。」
● 知財高判平25・3・13 平成24年(行ケ)10059 判時2201号116頁、判タ1414号244頁 「二重瞼事件」
「 特許法123条1項2号は、特許無効審判を請求することができる場合として、「その特許が・・・第38条・・・の規定に違反してされたとき(省略)。」と規定しているところ、同法38条は、「特許を受ける権利が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者と共同でなければ、特許出願をすることができない。」と規定している。このように、特許法38条違反は、特許を受ける権利が共有に係ることが前提となっているから、特許が同条の規定に違反してされたことを理由として特許無効審判を請求する場合は、審判請求人が「特許を受ける権利が共有に係ること」について主張立証責任を負担すると解するのが相当である。これに対し、特許権者が「特許を受ける権利が共有に係るものでないこと」について主張立証責任を負担するとすれば、特許権者に対して、他に共有者が存在しないという消極的事実の立証を強いることになり、不合理である。
特許法38条違反を理由として請求された無効審判の審決取消訴訟における主張立証責任の分配についても、上記と同様に解するのが相当であり、審判請求人(審判請求不成立審決の場合は原告、無効審決の場合は被告)が「特許を受ける権利が共有に係ること」、すなわち、自らが共同発明者であることについて主張立証責任を負担すると解すべきである。」
※ 審判請求人が共同出願違反があることの立証責任を負うと判示したケース
● 知財高判平25・3・28 平成24年(行ケ)10280 判時2200号125頁、判タ1416号116頁
「 冒認又は共同出願違反を理由として請求された特許無効審判において、「特許出願がその特許に係る発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたこと」についての主張立証責任は、形式的には、特許権者が負担すると解すべきであるとしても、「出願人が発明者であること又は発明者から特許を受ける権利を承継した者であること」は、先に特許出願されたという事実により、他に反証がない限り、推認されるものというべきである。」
※ 特許権者が共同出願違反はないことの立証責任を負うと判示したケース
● 知財高判平27・3・25 平成25年(ネ)10100
「 ・・・発明者とは、当該発明における技術的思想の創作に現実に関与した者、すなわち当該発明の特徴的部分を当業者が実施できる程度にまで具体的・客観的なものとして構成する創作活動に関与した者を指すものと解される。
そうすると、共同発明者と認められるためには、自らが共同発明者であると主張する者が、当該発明の特徴的部分を当業者が実施できる程度にまで具体的・客観的なものとして構成する創作活動の過程において、他の共同発明者と一体的・連続的な協力関係の下に、重要な貢献をしたといえることを要するものというべきである。」
<移転登録請求>
● 最判平13・6・12 平成9年(オ)1918 民集55巻4号793頁 、裁判集民事202号453頁 「生ゴミ処理装置事件」
「 上告人は、本件特許権につき特許無効の審判を請求することはできるものの、特許無効の審決を経て本件発明につき改めて特許出願をしたとしても、本件特許出願につき既に出願公開がされていることを理由に特許出願が拒絶され、本件発明について上告人が特許権者となることはできない結果になるのであって、それが不当であることは明らかである(・・・)。また、上告人は、特許を受ける権利を侵害されたことを理由として不法行為による損害賠償を請求する余地があるとはいえ、これによって本件発明につき特許権の設定の登録を受けていれば得られたであろう利益を十分に回復できるとはいい難い。その上、上告人は、被上告人に対し本件訴訟を提起して、本件発明につき特許を受ける権利の持分を有することの確認を求めていたのであるから、この訴訟の係属中に特許権の設定の登録がされたことをもって、この確認請求を不適法とし、さらに、本件特許権の移転登録手続請求への訴えの変更も認めないとすることは、上告人の保護に欠けるのみならず、訴訟経済にも反するというべきである。
これらの不都合を是正するためには、特許無効の審判手続を経るべきものとして本件特許出願から生じた本件特許権自体を消滅させるのではなく、被上告人の有する本件特許権の共有者としての地位を上告人に承継させて、上告人を本件特許権の共有者であるとして取り扱えば足りるのであって、そのための方法としては、被上告人から上告人へ本件特許権の持分の移転登録を認めるのが、最も簡明かつ直接的であるということができる。
・・・
以上に述べた点を考慮すると、本件の事実関係の下においては、上告人は被上告人に対して本件特許権の被上告人の持分につき移転登録手続を請求することができると解するのが相当である。」
※ 平成23年特許法改正で74条が新設されるきっかけとなったケース
● 東京地判平14・7・17 平成13年(ワ)13678 判時1799号155頁、判タ1107号283頁 「ブラジャー事件」
「 特許法の構造に鑑みると、特許法は、冒認出願をして特許権の設定登録を受けた場合に、当然には、発明者等から冒認出願者に対する特許権の移転登録手続を求める権利を認めているわけではないと解するのが相当である。
そうすると、原告が本件特許発明の真の発明者であり、被告が冒認者であるとしても、そのことから直ちに、原告の被告に対する本件特許権の移転登録手続請求を認めることはできない。
この点について、原告は、本件が平成13年最高裁判決と同様の事案であるから、同判決の法理に基づき原告の請求は認められるべきであると主張する。しかし、本件は、以下のとおり、移転登録請求を認めた平成13年最高裁判決とは事案が異なり、同様に判断することはできない。」